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京成3200形と北総7250形について…

[アイコン] 京成3200形 [アイコン] 北総7250形

"mixi"の日記に記した内容などを転記します。


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説明書には書いていない(?)、車輌の"向き"について書いてみます。

実車は先頭車(中間車化改造車も含む)と中間車の2輌で1つの"ユニット"を組んでいます。
このユニット(2輌)のクーラーの向きと側面の車端部表示灯の向き(位置)は同じ方向です。
[先頭車を(先に)組み立てれば、中間車の向きが解かりやすいと思います。]
よって4輌編成の場合、クーラーの向きと側面の車端部表示灯の向き(位置)が、互いに"逆"の向きに付く事になります。
[6輌固定編成の4輌部分も上記と同じ内容になります。]

例) 4輌編成の場合

上野方の2輌は…
クーラーの向きと側面の車端部表示灯の向き(位置)は"成田寄り"

成田方の2輌は…
クーラーの向きと側面の車端部表示灯の向き(位置)は"上野寄り"

…となります。

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北総7250形に関して、(自分でも)勘違いしてしまう事項があるので、確認の意味で(ここに)記したいと思います。

北総7250形には2種類あります。

まずは7258F(7251~7258)から…

この編成は京成3200形のリース車で、Bトレインの製品はこの編成に該当します。
8輌(固定)編成で、京成3200形の6輌(固定)編成2本の各々4輌を背中合わせに連結して8輌編成にしたものです。
よって、Bトレイン上での中間車(6輌)の仕様は以下の通りとなります。
2個パンタ車:2輌
パンタなし車:4輌

一方の7268F(7261~7264、7265~7268)は…

この編成は京成"3300形"のリース車で、外観が(少し)異なります。

京成3200形と京成3300形(ともに更新車)の違いは…
前面貫通ドア窓の支持方法
[3200形は黒色Hゴム、3300形は金属押さえ金]
側面行先表示器の位置

…以上の事から、Bトレイン製品の北総7250形は8輌固定編成しか出来ず、フル編成化するには6セットで成立する事になります。

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京成3200形の8輌固定編成について…
["Wikipedia"より(一部編集)]

1999年(平成11年)夏までは定期検査も車両番号順に4輌で入場することが基本であったため、検査出場前後などに4輌編成や8輌固定編成などで運用に就くこともあった。しかし、1999年秋以降は3200・3300形の6輌固定編成も6輌単位での検査入場が基本になり、特例がない限り8輌編成と4輌編成組成はなくなった。
4輌単位で定期検査を実施していた頃、入出場前後の暫定4・8輌編成が組まれたの一例は以下の通り。
3268-3267-3252-3251-3250-3249
3232-3231-3231-3229-3266-3265
の2編成の場合…

まず、以下の8輌固定編成を組成。
3232-3231-3230-3229-3252-3251-3250-3249
⇒3268~3265を4輌単位で定期検査入場し、出場後4輌運用に。

3232~3229・3252~3251を数ヶ月遅らせ、2ユニットに近い時期に定期検査入場し、出場次第元の6輌固定編成に戻す。
最初に更新された3261~3264の4輌が重要部検査に入った1988年6月下旬より約1ヶ月の間、3225~3228と3237~3240で8輌固定編成を組んだ。暫定的とはいえ、京成初の8輌固定編成となった。

1993年(平成5年)11月~1995年(平成7年)1月末の長期に渡って、同一車両で以下の8輌固定編成と4輌編成で運用したことがあった。
3248-3247-3246-3245-3244-3243-3242-3241
3280-3279-3278-3277
これは、1993年12月に3277~3280を塗装変更とともに検査出場させ、3241~3244と3245~3248は1995年2月の検査出場及び塗装変更まで見送られたためである。その時期に6M車8輌固定編成や4輌編成が上記の編成を含め2本在籍していた時期もあった。この時の他の1本は検査入出場前後の暫定編成である。なお、上記の編成は検査入出場前後とは関係なく1997年(平成9年)春にも組成された実績がある。

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更新工事・冷房化工事について…
["Wikipedia"より(一部編集)]

1985年(昭和60年)7月から1989年(平成元年)6月にかけて更新工事と冷房装置の搭載が行なわれた。3150形に引き続き前面前照灯・尾灯の位置変更、急行灯の新設、妻窓の廃止、ユニット間貫通路の狭幅化(分割可能に)、室内化粧板の変更(ベージュからイエロークリームへ)、ファンデリアを首振扇風機に交換、電動発電機の大容量化[CLG-319からCLG-355-Aに交換、ただし3221~3260と3291の41輌はCLG-319を廃し、静止形インバータ(SIV)のBS-483-Bを先頭車のみに搭載、3294のみ引き続きCL-319を使用]、屋上ベンチレーター(通風器)を廃し分散式冷房装置PU-15の設置などが行なわれた。
側窓がユニット構造化されたほか、前面貫通扉には電照種別表示器が設置された。

[8M車] 3201~3220

3214~3213ユニットを皮切りに、車齢の高い8M車20両(3201~3220)から行なわれた。
このグループはステンレス部品の在庫低迷や発注の都合上、客用扉の窓ガラス支持方式がHゴムではないアルミ製扉(3100形とは異なるタイプ)を採用したことが特徴(室内部は化粧板同色に塗装)である。全車が2両ユニット単位で施工され、最末期の1985年(昭和60年)7月末に出場した3214~3213は3216~3215が同年8月末に出場されるまでの間に冷房化単独工事済みのコイルバネ台車を装着する3300形3324~3321と6連を組んで営業運転に入っていた。
(1987年4月以降は空気バネ台車とコイルバネ台車の混結は認められなくなった。)
1986年(昭和61年)6月に3208~3207ユニット出場を最後に8M車の更新が終了した。このグループは基本4輌編成のままで更新された。

[6M(両扉)車] 3221~3280

1986年(昭和61年)7月末以降は6M(両扉)車の更新が始まった。
第1陣として3264~3263ユニットが出場し、以後2輌単位で順次出場した。8M車と外観・室内面での大きな相違点は客用扉で、ステンレス製の無塗装になった。同ユニットは同年8月末に3261~3262ユニットが出場するまでの間、8M車の3206~3205ユニットと組み別ユニットを組み合わせた特異な4連で営業運転に入っていた。同年9月上旬には3264~3261の4輌で運用に入ったが、3228~3225・3240~3237が出場してからは(後述の通り)6輌固定編成化した。
3221~3280は、輌数も60輌ということから全車6輌固定編成化されることになり、以下の工事方法で行なった。
3221~3260のうち、3221・3228・3229・3236・3237・3244・3245・3252・3253・3260の10輌が中間電動車化し、MGを廃止した。先頭車として残った車輌のうち、3224・3225・3232・3233・3240・3241・3248・3249・3256・3257の10輌を対象にMGに替わってSIVの搭載と、先頭車の隣の3223・3226・3231・3234・3239・3242・3247・3250・3255・3258の10輌を対象にパンタグラフ2台の搭載を行ない、4輌基本ユニット化された。ただし出場は2輌単位であったため、先頭車をもつ2輌ユニットが先に出場した際は、更新済の同グループのいずれかの編成と組み、双方の中間車化されたユニットが出場したと同時に4輌ユニット化された。
3261~3280の20輌は基本4輌のままで更新され、2輌ユニットを分割(この際、3262・3263はユニット外側の貫通路の狭幅化を施工)することにより、片面の運転台を撤去した4輌ユニット車と連結して6輌固定編成を組んだ。
1989年(平成元年)3月までに以下の6輌固定編成10本が揃った。
←上野
3224-3223-3222-3221-3270-3269
3264-3263-3228-3227-3226-3225
3232-3231-3230-3229-3266-3265
3272-3271-3236-3235-3234-3233
3240-3239-3238-3237-3262-3261
3280-3279-3244-3243-3242-3241
3248-3247-3246-3245-3278-3277
3268-3267-3252-3251-3250-3249
3256-3255-3254-3253-3274-3273
3276-3275-3260-3259-3258-3257

台車振り替え工事(更新後の3221~3280の先頭車が対象)

6M車は更新後も先頭車の台車がすべて付随台車であったが、6輌固定編成の60輌(3221~3280)は後に更新された3300形と同様に京急乗り入れ対策として1992年(平成4年)8月~1995年(平成7年)2月に先頭台車が電動台車になるように先頭車の台車の振り替えが行なわれた。
この工事は3276と3273を皮切りに開始され、工事済みの編成から順次京急線、北総・公団線への乗り入れを開始した。工事進行中は京急線方面~北総・公団線(千葉ニュータウン中央)間の京成車の運用があり、この運用にも使用された。内容としては、電動台車となった先頭部の床面に主電動機点検蓋を設置し、付随台車となった妻部の主電動機点検蓋は、初期に工事を行なった3256・3257・3273・3276以外は開閉不可とし、枠のみ残し取っ手を撤去した。このうち3232・3241・3248・3249・3265・3268・3277・3280の8輌は塗装変更と同時期に施工された。

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塗装変更について…
["Wikipedia"より(一部編集)]

1993年(平成5年)6月より、3150形3167~3170を皮切りに塗装変更を定期検査時に実施することになり、1995年(平成7年)6月までに在籍車両の3100形~3300形全車輌で完了した。
これにより、ファイアーオレンジベースの赤電色は消滅した。
試験塗装編成だった3209~3212編成は、1993年(平成5年)7月末の検査出場時に新塗装化された。3217~3220編成も同年12月に新塗装化することにより試験塗装編成は姿を消した。試験塗装編成からファイアーオレンジに戻された3213~3216も翌1994年(平成6年)7月に新塗装化された。
試験塗装編成以外の3200形の塗装変更に関しては、1993年(平成5年)8月に検査出場した3265~3268を皮切りに始まった。8M車で唯一試験塗装編成の対象から外れた3201~3204編成も同年8月に実施した時点で8M車の塗装変更は完了した。また、6M車に関しても1995年(平成7年)2月出場の3241~3244を最後に完了し、他形式より一足早く全車の塗装変更を完了させた。

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